生薬学とは、ヒトが天然資源に医薬を求める文化である
天然起原の薬物は、人間の自然生活における試行錯誤の経験の集積から発祥したもので、文化とその発展をともにしました。古代エジプト、ギリシア、ローマ、インドあるいは古代中国においては高度に体系化され、医療に用いられてきました。「生薬」という言葉は英語のcrude drugに相当し、直接医療に用いられる、あるいは医薬品の製造原料として使用されているものを指します。生薬という言葉には、夫々の文化の伝統伝承の響きが同時に込められていて、地域性と文化に依存しています。そんなわけで近代科学の対象として普遍性があると考えるべきではないかもしれません。つまり日本における生薬は、アメリカにおける生薬とは異なるということでもありましょう。一方国際的な生薬規格のハーモナイゼーションの動きの中で、日本でも米国の市場に向けて、主動的に規格設定をしようと努力していましたが、最近は中国の力に押されています。
さて生薬資源は枯渇しつつあります。薬事法で規定され医薬品として用いられているか、あるいは食品添加物として利用されている生薬のおよそ85%は中国から輸入されています。中国国内でも生薬需要はさらに上昇しています。
日本国内で漢方処方などに不可欠な生薬をいかに内製化するかは喫緊の課題だと思います。このことを日本学術会議のマスタープランに取り上げて頂くように尽力して参りました。この点についてはこれからも力を注がなくてはと思っております。
大建中湯ばかりでなく多くの漢方処方が、西洋医学の措置として使われています。薬学生は、先ず医師の処方箋を処理し、服薬指導をする立場から、処方を学ぶべきだと考えます。そのなかで超高齢社会における抑肝散や抗がん剤の副作用を緩和するように用いられる午車腎気丸など、漢方の証の概念とは関係なく頻用される例もあります。このような場合手術や抗がん剤の適用によって、結果的に患者の証は、丁度適合しているという考え方もあるようですが、医薬品の目的外使用にあたるのかどうか、今後研究対象として面白みのあるところだと思います。